趣味がないのが今の趣味

 在宅医療を開始して、早くも4年9ヶ月が経ちました。
10月には満5周年を迎えます。
この間、休みがなかなか取れなかったこともあり、
個人的(私的)趣味には全く無縁な生活を送ってきました。


かつては、一応人並みの趣味を見出し、
そこそこのめり込みもしました。少し紹介します。


①熱帯魚飼育:ことの始まりは、
娘が「とうかさん」の夜店で持って帰った金魚でした。
せっかく持って帰った金魚だからと、空気ポンプを入れたり、
餌を探したりしているうちに、大きな水槽が欲しくなり、熱帯魚屋さんを訪れてびっくり!

緑色の水草の中をライトに照らされて泳ぐ熱帯魚のきれいなこと。
ここではまりました。120cmの水槽を衝動買いし、
以後ネオンテトラ、キッシング、ディスカス‥の熱帯魚+水草水槽を備え付け、
毎週日曜日には水代え、掃除にいそしみました。

夜は、部屋のライトを消し、ジャズを背中に酒をチビチビ飲みながら動く熱帯魚を眺めていると、
不思議な世界に入ったようで、日ごろの嫌なことも忘れることができました。

山口大学に単身赴任することになり、熱帯魚店に熱帯魚を差し上げ、
僕の7年間の熱帯魚飼育の趣味は終了しました。


②トレーニングジムとジョギング:アメリカに留学していた42歳の時に、
アパートの地下にあったトレーニングジムを覗いてから、ジム通いが始まりました。
なんと言っても、トレーニングをしている間は、
英語で話しかけられることはありません。
「ハ~イ!」「ハ~イ!」でおしまいです。
最初は、5分もすれば呼吸はゼーゼー、
心臓はバクバクで、「タバコのせいかなあ~」と思ったものです。
それが毎日続けていると、5分が10分になり、
そのうちに40間という1サイクルができるようになり、
最終的には、40分間のトレーニングを3サイクルまでできるようになりました。

78kgあった留学時の体重が、帰国した時には64kgとなり(現在も同じです)、
「どうも岡林先生は癌にかかっているらしい。」との噂が流れました。
帰国後、トレーニングジムだけでは飽き足らずに、ジョギングも始めました。
車で5kmコースや10kmコースを作り、週2回は走ることにしました。
広大病院から佐伯区の自宅まで走って帰ったりもしました。
ハーフマラソンにも参加しました。学会などで外国出張の際には、
早朝ジョギングで散策もしました。

ホノルルマラソン参加を目標にしていましたが、開業と同時にトレーニングジムの会員も辞め、
ジョギングもできなくなって、10年続いた趣味は終了しました。


③ゴルフ:これには全くはまりませんでした。
友人に誘われ4度ほどラウンドに出ましたが、
「これは僕には向いていない。」とすぐに止めました。
どうも、僕は団体で行うスポーツは趣味としては向いていないようです
(ちなみに、高校時代はハンドボール部という団体競技の主将でした)。


④アルトサックス:30歳の時に始めましたが、実は僕は譜面が読めません。
これは致命的でした。レコードを聴いて音を拾うことはできますが、
譜面が読めないので進歩しませんでした。飾りになっています。
楽器は芸術作品だと思っています。


⑤似顔絵:これは学生の頃からやっていました。
講義中に先生の似顔絵を描いていました。
息子の絵も女房の絵も描き、
広大時代には送別する先生の似顔絵を描いてはポスターにしていました。
努力しないで、好きで描いていた似顔絵で、趣味とはいえないかも知れません。


⑥クルマ:好きですが、趣味と言うほどではありません。
ボルボステーションワゴン740が最も気に入ってたクルマです。
14年間(19万キロ)乗りました。


⑦腕時計:ロレックスは好きではありません。
最初に買ったのはダンヒルの腕時計でしたが、落としてなくしました。
その後オメガのスピードマスター。
店でみたIWCのGSTに一目ぼれで、実用に使っています(傷だらけ)。
IWCのポルトギーゼが勝負時計です。これも趣味と言うほどのものではありません。


釣りもかじりました。旅行も行きました。映画も好きでした。
野球観戦も好きでした。読書も大好きでしたが、今は読めません。
と、言うわけで、現在は全くの無趣味です。「在宅医療が僕の趣味」と言っていますが、
僕ももうすぐ還暦。
あと2年のうちには、10年間続く趣味を探す予定です。
どなたか、僕を趣味の世界に誘ってください。
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by cmcweekly | 2010-08-06 13:56 | プライベート公開

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