光陰矢の如し

昭和はついこの間と思いきや、平成になってもう23年が過ぎ、びっくりです。久しぶりに、「ALWAYS3丁目の夕日」と言う映画を観ました。昭和ロマン映画です。私の子どもの頃と重なり、映像の中に自分を投影してしまいました。私の「3丁目の夕日」は、小学校1年生の時の「山村の夕日」でした。正田美智子様の御成婚を期に、山村の集落が団体購入でもしたかのように、テレビ、洗濯機、冷蔵庫、有線電話、それに耕運機。どれもこれも、ビックリ仰天の品々。
別珍の布が掛けられたテレビの横には、ダルメシアンが番犬のように置かれ(ビクターの製品)、土間に鎮座した洗濯機には花柄のビニールがかけられ、冷蔵庫には三ツ矢サイダーと瓶に入ったオレンジジュース。黒いBOX型の箱に受話器だけが付いている有線電話。今まではお友達の家に向かって、「遊ぼう」と叫んでいたのに、緊張しながらかけた電話約束。また、この電話が、朝寝坊は許さないとばかりに朝6時から、ボリュームいっぱいに、役場からのお知らせ。お坊様の講話、川柳、時々おくやみのお知らせが流れると、両親が神妙な面持ちで聴きながら、1日の段取りをしていました。
耕運機も田舎のマイカーのようなものです。子どもなりにお洒落にも気を使ったのでしょうか、桃の花と言うハンドクリームを塗って、しもやけ対策といい香りを楽しんでいました。どれもこれもなつかしいです。冠婚葬祭も農繁期も、それぞれがお互いに助け合い、人が家に出入りしていました。村には「結(ゆい)」と言う制度がありました。大人になって思ったのですが、敗戦から13、14年で、田舎まで便利な品々が届いたことは、日本の復興が途轍もなく、大きな力だったのだなあと、改めて、先人の方々に感謝しております。人と人を結びつける「結」の制度も村を守る先人の知恵だったのでしょうか。
 3月11日は、あの未曾有の震災「東日本大震災」がやってきて1年となります。日本中が焼け野原となった終戦からの復興を見事に果たしたこの国。きっと、あの昭和の時代の様に見事に復興させるだろうなあと想いながら観た「3丁目の夕日」でした。
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by cmcweekly | 2012-03-15 08:42 | プライベート公開

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