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見学者感想

3月26日に見学にいらっしゃった、広島大学医学部医学科5年のTさんの見学後の感想を掲載します。

 私が初めてコールメディカルクリニック広島(以下CMC)の存在を知ったのは、1ヶ月前に院長の岡林先生が広島大学に講義に来られた時でした。講義を受ける前の在宅医療のイメージは、「末期の患者さんが病院ではなく最期は家で過ごしたいという希望を叶えるための医療」というもの(もちろん実習を受けた現在ではその考えは払拭されましたが)だったので、講義前に脊髄損傷の患者さんが来られた時は少々戸惑ってしまったのを覚えています。岡林先生の講義も自分の疾患を乗り越えた患者さんの生の体験談も試験に合格するために勉強していた私にとってインパクトのある話であり、またその時在宅医療に興味が湧いたため、講義後すぐに見学の申し込みをしました。

 実習日の朝、カンファレンスを終えた後、午前中は2人、午後は5人の患者さんの岡林先生の訪問診療に同行させていただきました。実習を通して、訪問診療はただ疾患を診て治療するだけでなく、「患者さんが日々を快適に過ごすためにはどのようにすべきか」を医師と患者さん、患者さんのご家族で話し合って決めるため、医師は患者さんの生活環境などの背景をよく知らなければならず、そのためには患者さんと深い信頼関係を築き上げなければならないのだという事が感じ取れました。これは岡林先生が患者さんとそのご家族と話されていた内容が、疾患や治療法の話より、患者さんの生活状況や悩みなどを聞く時間の方が長かったことから伺い知ることができました。
 訪問診療を終えてCMCに戻った後に行われたデスカンファレンスも他では聞いた事のないものでした。患者さんが亡くなった後に治療が適切だったかだけではなく、患者さんとそのご家族への精神的なケアも十分にできていたかを検討するカンファレンスはおそらく大学病院の実習で行うことはないでしょう。最近よくQOLを向上させようという声を耳にしますが、それは患者さんにとってよい治療を行えたかを追求するのではなく、患者さんがよい人生だったと満足できるようにサポートできたかどうかが実は重要なのではないかという考えもCMCで実習をすることで生まれました。

 私はまだ病院実習前の座学を終えたばかりの学生です。一通り勉強をして試験は通ってきたものの、臨床の現場で役に立つ知識や経験が皆無と言っていいほどなのですが、そんな私にも岡林先生は在宅医療をなぜ始めようと思ったか、今の緩和医療は本当の意味での緩和医療と言えるのだろうかということを丁寧にお話ししてくださいました。病院実習前なので、一般的な病院の医療とCMCの在宅医療を比較するという事は現時点ではできないのですが、これから8か月ある病院実習を通してその違いを感じながら、今回得た経験や教訓を自分に定着させていくつもりです。

 最後になりましたが、実習でお世話になった岡林先生をはじめとするCMCスタッフの皆様のおかげで本当に有意義な経験をさせて頂きました。厚く御礼申し上げます。また、学生である私を快く受け入れて下さった患者さんとそのご家族の方にも感謝したいと思います。ありがとうございました。
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by cmcweekly | 2012-03-28 17:35 | 感想

光陰矢の如し

昭和はついこの間と思いきや、平成になってもう23年が過ぎ、びっくりです。久しぶりに、「ALWAYS3丁目の夕日」と言う映画を観ました。昭和ロマン映画です。私の子どもの頃と重なり、映像の中に自分を投影してしまいました。私の「3丁目の夕日」は、小学校1年生の時の「山村の夕日」でした。正田美智子様の御成婚を期に、山村の集落が団体購入でもしたかのように、テレビ、洗濯機、冷蔵庫、有線電話、それに耕運機。どれもこれも、ビックリ仰天の品々。
別珍の布が掛けられたテレビの横には、ダルメシアンが番犬のように置かれ(ビクターの製品)、土間に鎮座した洗濯機には花柄のビニールがかけられ、冷蔵庫には三ツ矢サイダーと瓶に入ったオレンジジュース。黒いBOX型の箱に受話器だけが付いている有線電話。今まではお友達の家に向かって、「遊ぼう」と叫んでいたのに、緊張しながらかけた電話約束。また、この電話が、朝寝坊は許さないとばかりに朝6時から、ボリュームいっぱいに、役場からのお知らせ。お坊様の講話、川柳、時々おくやみのお知らせが流れると、両親が神妙な面持ちで聴きながら、1日の段取りをしていました。
耕運機も田舎のマイカーのようなものです。子どもなりにお洒落にも気を使ったのでしょうか、桃の花と言うハンドクリームを塗って、しもやけ対策といい香りを楽しんでいました。どれもこれもなつかしいです。冠婚葬祭も農繁期も、それぞれがお互いに助け合い、人が家に出入りしていました。村には「結(ゆい)」と言う制度がありました。大人になって思ったのですが、敗戦から13、14年で、田舎まで便利な品々が届いたことは、日本の復興が途轍もなく、大きな力だったのだなあと、改めて、先人の方々に感謝しております。人と人を結びつける「結」の制度も村を守る先人の知恵だったのでしょうか。
 3月11日は、あの未曾有の震災「東日本大震災」がやってきて1年となります。日本中が焼け野原となった終戦からの復興を見事に果たしたこの国。きっと、あの昭和の時代の様に見事に復興させるだろうなあと想いながら観た「3丁目の夕日」でした。
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by cmcweekly | 2012-03-15 08:42 | プライベート公開

母の気持ち

“優等生”とはほど遠い学生時代を過ごしてきた。
「あんたは私以上に子供に苦労させられるからね!!」それがいつも母の口癖だった。
よく娘は父への反抗期があると言われるが、私は全くなくその分、母への反抗期があった。
一緒に買い物に行けば価値観の違いで喧嘩をし、塾の成績が悪ければ楽しみにしていたカープの試合は見に行かせてもらえず、服装、言葉遣い、生活態度、全てに口うるさく言われ母が大嫌いだった。

そんな私も成人を迎え一人の男性と出会い結婚をする事になった。結婚式でよくある“親へのスピーチ”15歳で親から離れて生活をしてきた為、どちらかといえば他人への感謝の気持ちの方が強く、正直あまり感謝の言葉が見つからなかった・・・。

そんな私が2011年2月6日に一人の娘の“母”になった。出産時立ち会ってくれたのは母だった。子育てなんて・・・と子育てを甘くみていた私。一週間でギブアップしそうになった。
夜泣きがひどく一睡もできずにいた私に“少し寝なさい!私が見とくから!”と娘を一晩中抱っこして私を寝させてくれた。沐浴に悪戦苦闘し、娘が大泣きをしていると母が横からやってきて慣れた手つきで娘を沐浴させた。

娘が風邪をひいたら母はズボンを買ってきた。少しでも顔にできものができたら、皮膚科に連れていけと言われ連れて行ったら病院の先生に“こんなんで来て”と呆れられた。

きっと母は孫と同じように私にもして来てくれたのだろう。

最近、よく娘が熱を出すようになった。その時にふと昔の事を思い出した。風邪を引いたら作ってくれた母のパンがゆ、すりおろしりんご、そして父が買ってきてくれる絵本が楽しみだった。

きっと私は両親に愛情一杯で育ててもらったんだろうなと思う。

初めて自分が“母”になり“母”の気持ちを知った。
そして“娘”に対しての思いを知った。

そんな母も今年還暦を迎える。お母さん私を育ててくれてありがとう。
そして体には気を付けてね。
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by cmcweekly | 2012-03-10 11:53 | プライベート公開

もうすぐ春ですね

よく『1月は往ぬる(いぬる)、2月は逃げる、3月は去る』と言いますが、もう3月ですね。今年の冬は寒く、広島でも北部はかなりの積雪があったようです。
広島にきてびっくりした事の1つに広島市内から1時間も車で行くとスキーができると
いうことです。関東にいる時はスキーは泊まりで行くものでしたが、広島では日帰りで楽しめます。広島に来てからすっかりしなくなっていたスキーを約10年ぶり復活させました。
最初はリフトに乗るのもおっかなびっくりでしたが、なんとか滑ることができました。
今年になってからは2度ほど子供も一緒にスキー場へ行きました。
子供はたくさんの雪に大喜びで雪だるまを作ったりソリーで滑ったり楽しんでいました。
今、スキー・スノーボードもする人が減っていてスキー場の経営も大変・・・とのニュースをテレビで見ました。なかなか手軽なスポーツとは言えないので今の時代人口を増やすのは難しいのかもしれませんね。
寒い時に寒いところに行って冷たい風に当たりながら滑るのもなかなか気持ちがいいものです。その後に入るお風呂は最高です(^^)
広島からスキー場が消えていくような事がないように・・・と祈るばかりです。
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明日は雛祭りですね。寒い寒いといいながら春は確実に近づいていますね。
ひな祭りは子供の無病息災を願ってお祓いをする行事と聞いたことがあります。
うちは男の子ですが、無病息災を願ってちらし寿司と蛤のお吸い物で雛祭りをしようと
思います。
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by cmcweekly | 2012-03-02 16:03 | プライベート公開

CMC広島のスタッフが毎週更新していきます。お楽しみに☆


by cmcweekly